シーン5.5 /妹はご立腹?―ルシオラ・ウィル・ノーティス。―
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「これは何・・・?これはいったい、どーゆー事なのさ!?」

大理石の床は、けれどそこいっぱいに厚手の絨毯(じゅうたん)が敷き詰められていて、足音など立つものではないはずだけど。

それでも彼女は、ズン、ズン、と足音を通路に響かせながら歩いている。

ピンクの髪が可愛らしいその少女は、浅い黄緑色をしたワンピースの上に、同系色で、それよりは濃いめの色をしたパーカーのような物を身に着けている。

『ルシオラ・ウィル・ノーティス』。―テティスの双子の妹だ。

彼女は―何か怒っていた。



時刻はもう、夜を回っている。窓から外を見れば、当たり前だけれど暗い。そろそろ夕食の時間だ。

その前に一度自室に戻ろうと、ルシオラはとんでもなく広い自邸―本人は特に気にはしていないようだけれど―の通路を、目的地目指して歩く。

その後ろを、彼女よりも小柄な青年が1人ついてきている。

女性のように腰辺りまで伸ばした髪―天使を思わせる様な淡い青色をした―に、人間には見られない長い耳・・・その青年は、エルフだった。

足を止めてそのエルフの青年の方に振り向いて、ルシオラは怒気を含んだ声で言う。

「ちょっとセレスー!どーゆー事なのさって訊いてるじゃないよー」

セレスと呼ばれたその青年は、疑問の表情を浮かべている。

「どうしたの・・・ルシオラ?」

「聞いてないんだけどこんなのー!・・・これは何?これはいったい、どーゆー事なのさ!?」

ルシオラが先程よりも強い口調で言う。

「わ、わからないよ・・・」

返答に困ったセレスは、とりあえずそうとだけ返す。それは、彼女の質問への答え、ではなく。彼女が一体何を怒っているのかに対してか。

・・・怒りの矛先はどうも、セレスに対して、というわけではないようだ。

彼は、屋敷を飛び出すたびに怒られてはいたが、それでもここまで強く怒られる事は・・・今までなかった。

疑問の表情をさらに強くして、セレスはその、ルシオラを見やる。

―と、ルシオラはいつの間にか、再び歩き始めていた。セレスは急いでその後をついて行く。


ルシオラの自室―双子だからというわけではないが、テティスと同室―は、屋敷の2階にある。

大理石の階段を上り、そしてまた、大理石の通路をいくらか歩くと、そこへと辿り着く。


・・・先程の会話―とよべるものだったかは謎だけれど―以降、ふたりは一言も交わさなかった。

ルシオラがなにやら1人でブツブツとつぶやいていたからだ。その内容は、セレスにはよく聞き取れなかったけれど。


そんなこんなで、2人はルシオラの自室前へと着いた。

ルシオラが扉を開こうと、ドアノブに手をかける。―と、そこでルシオラの動きが止まる。・・・何だか、ルシオラの肩が震えている。

セレスが疑問に思い、ルシオラに声をかけようとすると。

「・・・ああーーー!もぉおーーーっ!」

先ほどまでブツブツとつぶやいていたルシオラが突然、大声で叫んだ。

「わっ・・・!?い、いったいどうしたっていうのルシオラ・・・??さっきから・・・何だか変だよ?」

「あのね!“お姉”が!家にオトコの人!しかも2人も!連れてきたんだよ!?これはじけんだよ、じけん!ひじょーじたい!!」

まるで取って食おうかというような勢いでセレスの肩を掴んで、その身を揺らしながらルシオラが大声でまくしたてる。お姉、とはテティスの事だ。

ああ・・・そういう事なんだ。揺らされながら、セレスはようやくルシオラが怒っている理由を理解する。

・・・理解はしたものの、なんとも同意はしがたいというのか。セレスにはよくわからないものだった。

なんにしても、セレスはルシオラに2人のオトコの人の事―コウと、マークの事だ―を説明しようと口を開く。

「あ、あのねルシオラ・・・。あの2人は・・・その、テティスとは・・・何でもないと・・・思うよ」

「は!何でさ?なんでそんな事言えるのさ」

「え、あ、だって・・・2人は僕を捜すためにテティスが・・・」

そこまで言って、ハッとしてセレスはすぐに、自分の手で口を押さえた。

(あぶなかった・・・。それを話したらいけないんだよね)

先ほどテティスが話していたことを思い出すセレス。

(テティスは“お友達の家にいた”事になっていて、それにあわせていろいろと、話のつじつまをあわせているんだった・・・)

その事については、セレスはあまりいい事とは思えなかったけれど。

(・・・僕も、テティスにはいつも迷惑をかけているもの・・・。ここはテティスの為に僕も協力しなくちゃ)

「セレス〜?今、何言いかけたの・・・??」

考え事をしている所へ声をかけられ、セレスは驚いてその場で軽く飛び上がる。

「うわっ!」

「わぁっ!?・・・急に何だよぉ、もう!」

「ご、ごめんなさい」

「・・・人を変なんて言ってさぁ。セレスもじゅーぶん変だよ」

「え、あ、あははは・・・。と、とにかくさ、さっきテティスも話していたけれど。

あの2人は、テティスが街で変な人達に囲まれて、その時偶然側を通りかかって・・・」

「それで、お姉を助けてくれた?それで、そのお礼に家まで連れてきた?」

「え、う、うん」

「・・・本当に?」

「本当にって・・・。本人がそう言っているんだもの。・・・そうなんだと思うけど」

「ん〜・・・・・・」

セレスにそう言われても、すぐには納得できない様子のルシオラだったが。

「・・・ふう。まあ、いいや。そういう事にしとこ」

納得した・・・というか、強引にそう思い込むことにしたようだった。そうして、ルシオラは自室の扉を開け、中へと入っていく。

「・・・あの2人がお姉に何かしたりしたら、あたしが・・・後ろから・・・」

・・・何やら、凄く怖いことを言っているような気がしたけれど。・・・セレスは気のせいだろうと思うことにした。




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